原著論文

男子ハンドボール日本代表の国際競技力向上に向けての課題:東京2020オリンピックに向けた取り組みを選手の視点から省察して

舎利弗 学, 岡本 直輝

本研究では,東京2020オリンピックに向けた男子日本代表チームの取り組みについて,選手側からの評価と選手自身が取り組んだ自己評価を検証し、代表チームの課題を示すことを目的とした.それらについて,オリンピック選手へのアンケート調査や半構造化インタビュー調査を実施して分析を進めた.アンケート結果についてみると,東京2020オリンピックに向けて実践してきた取り組みについて,国際試合や海外遠征の増加など多くの取り組み事項を好意的に捉えている選手が多いことが明らかとなった.半構造化インタビュー調査についてKJ法を活用して分析した結果,東京2020オリンピックでの活躍を目指す日本代表選手は,〈自身のパフォーマンスやチーム力の向上を確信〉しつつ,外国人指導者をはじめチームの《指導方針を理解してポジティブにトレーニングに集中》して取り組んでいた.さらに,〈国際試合実施・外国人ゲストプレーヤー招聘・ICTの活用などのサポート体制への満足感〉など日本代表チームの《チームマネジメントへの期待》を抱き,それらを背景として,さらなるトレーニングに取り組んでいた.一方,〈外国人指導者や各選手とのコミュニケーションに苦心〉して《不安を抱えてトレーニングを実施》しているケースもあった.結果として,フィジカルトレーニングやメンタルトレーニング,栄養指導など〈効果的なコンディショニングサポートや国内での国際試合開催への期待感〉を抱く場合もあるが,良いより強化環境を求めるなど《チームマネジメントへの提案》事項も要望していた.さらに,これまで自身に欠けていた国際経験の重要性を実感し,今後の自身の成長のために〈海外リーグへの移籍など世界の舞台での活躍を希望〉して《国際経験値の更なる獲得》を検討していた.東京2020オリンピックへの取り組みの中で,国際経験の少ない選手や外国人指導者とのコミュニケーションが十分できない選手に対し,日本代表チームとして十分な支援ができなかったと考える.しかし,活動を進めるうえで,海外チームでの活動を希望する選手が増えたことは,日本代表チームの取り組みは評価できるのではないかと考える.今後,日本人選手が海外で活動するための支援体制の構築が求められる.男子日本代表の国際競技力を高めるためには,プロチームをはじめそのレベルに準じたチーム(社会人チームや大学チーム)の発展が不可欠である.日本国内のプロ化が進むことから,選手が自律しながら日々活動を継続する仕組みが新リーグ所属の各チーム・選手に求められる.日本代表チームは,ヨーロッパをはじめとする強豪国の技術・戦術・戦略理論などの知的情報等を積極的に発信し,ハンドボール界の発展に寄与すべきであろう.さらに,日本代表チームと新リーグ所属の各チームが「日本のハンドボールの発展」という共通意識を持って国際競技力向上に取り組むべきであると考える.

 

原著論文

ハンドボール版ジニ係数による選手間プレイ時間不均衡に着目した選手交代戦略分析法の提案

川村 陸哉, 舎利弗 学, 山本 義郎

本研究では,経済学や社会学などで用いられる富の分配の不平等さを表すジニ係数を,ハンドボールの1試合における選手の出場時間の不均衡の程度を定量化するために改良した指標を提案し, 選手交代戦略について考察した. ハンドボールゲームのオープンデータ(公式サイトで公開されている)を利用し, 以下4つの観点を分析した.①ハンドボール版ジニ係数がプレイ時間の不均衡さを反映したかについて考察 ②選手起用戦略の変遷の検討 ③相手チームとの実力差がハンドボール版ジニ係数に与える影響の検討 ④上位チームの大会を通じた選手起用戦略と実力差の検討.提案指標を用いて分析した結果, ハンドボール版ジニ係数はベンチ入りする選手のプレイ時間の不均衡さを明らかにする指標となり, この指標を用いることで, 各チームの選手のプレイ時間の特徴の理解を助け,ベンチ入り選手の中からの出場選手の固定度およびプレイ時間のシェアの程度を客観的に把握することが可能となった. またチームごとのプレイ時間の特徴を理解することができ,この指標を利用することでメンバーの固定度を客観的に比較することが可能であることを示した. 今後の展望としては, 国や監督によって傾向があるのかなどの分析や, ケガに関する情報を考慮することで連戦での選手起用について考察することもできると考えられる.

 

原著論文

ハンドボール競技における世界女子トップレベルゴールキーパーのサイドシュートへの対応動作

下拂 翔, 小俣 貴洋, 藤本 元, 會田 宏

本研究は,女子世界トップレベルのゴールキーパー(以下,GK)を対象に,サイドシュート動作が変化する時点とゴールキーピング動作の局面との対応関係を明らかにし,女子日本代表のシュート阻止率向上に役立つ知見を得ることを目的とした.2014年ヨーロッパ選手権,2015年世界選手権,2016年リオ・デジャネイロオリンピックを標本とし,Glauser,Leynaud(いずれもフランス代表),Wester(オランダ代表)の3名のサイドシュートに対するゴールキーピング184シーンを分析対象とした.サイドシュート動作を6つの時点(待ち,受け,踏み切り,フォワードスイング開始,リリース,通過もしくはミート)に,ゴールキーピング動作を4つの局面(第1ポジショニング,第2ポジショニング,プレセービング,セービング)に分類し,その対応関係およびシュート阻止成否を記述的に分析し,カイ二乗検定および残差分析を用いて検討した.その結果,GlauserとLeynaudはシューターのフォワードスイング開始時点において,シュート阻止成功時にはプレセービング局面にいることが多く,シュート阻止失敗時にはセービング局面にいることが多いことが明らかになった.これは,シューターのフォワードスイング開始前にセービング動作を開始すると,シュート阻止が困難になる可能性が高まることを示唆している.一方,Westerは,シュート動作時点とゴールキーピング動作局面との対応およびシュート阻止成否との間に有意な関係は見られなかった.これらのことから,サイドシュートに対するゴールキーピング指導では,フォワードスイング開始時点よりも先にGKがセービング動作を開始していないかどうかを観察することが重要な観点になること,GKによってはその他の要因による影響も考慮する必要があることが示唆された

 

原著論文

世界トップレベルの女子ハンドボール競技におけるセットアタックで用いられる有効なドリブルプレー

會田 宏, 藤本 元, 小俣 貴洋, 榧 浩輔

本研究の目的は,女子世界トップレベルの数的同数時におけるセットアタック局面でのドリブルプレーの実態を調査し,ドリブルプレーとアタックパフォーマンスとの関係を分析することで,有効なドリブルプレーについて検討することであった.2020東京オリンピック女子決勝トーナメント8試合を対象に,861シーンのドリブルプレーについて記述的ゲームパフォーマンス分析を行った.分析項目は,ドリブルを開始した位置,ドリブルを使ったプレーヤーのポジション,ドリブルでのエリア移動,ドリブルを使ったアタック局面,ドリブルを使ったコンビネーションプレー,ドリブル終了直後のプレーなど8項目であった.

分析の結果,エリア移動を伴うドリブルは,エリア移動がない場合に比べてアシストパスにつながる割合が高いこと,ディフェンダーを突破する局面でのドリブルは,シュート,アシストパス,7mスロー獲得につながる割合が高いことが明らかになった.また,ドリブルがピヴォットとの縦のコンビネーションで使われた場合,シュートやアシストパス,ミスが起こる割合が高く,その有効性はパラレルやクロス,1対1の個人プレーよりも4.29倍高いことが明らかになった.さらに,1対1の個人プレーでのドリブルは,味方とのコンビネーションを伴うドリブルよりもシュートや7mスロー獲得,フリースローにつながる割合が高いことが明らかになった.

 

原著論文

男子世界トップレベルのハンドボールにおける勝利に影響を及ぼすゲームパフォーマンス:決定木分析を用いた目標値の算出

加藤 亮介, 山田 永子, 藤本 元, 會田 宏

本研究では,2013 年から 2021 年に行われた男子世界選手権 5 大会 369 試合において, 得点が拮抗した試合を対象として,得点差と有意な相関関係のあるゲームパフォーマンス を抽出し,それらを勝利に影響を及ぼすゲームパフォーマンスと捉え,そのゲームパフォ ーマンスに対して,決定木分析を用いて勝利と敗北を分岐させるカットオフ値を算出した. そして,そのカットオフ値を試合における目標値として捉え,その妥当性を先行研究と比 較・検討し,拮抗した試合で勝利するための目標値を明らかにすることを目的とした. まず,クラスタ分析を用いて,1 から 7 点差の 243 試合を競技力が拮抗した試合として 抽出した.次に,IHF 公式記録をもとにしたゲームパフォーマンスと試合の最終得点差と の相 関 係 数を算 出し ,攻 撃 成 功 率(r=0.529),ゴ ー ル数(r=0.505), シ ュ ー ト成 功 率 (r=0.485),セーブ率(r=0.441)などが有意な値を示すことを明らかにした.続いて,有意 な相関関係を持つゲームパフォーマンスについて,決定木分析を用いて目標値を算出し, Skarbalius et al.(2013),Saavedra et al.(2017),Almeida et al.(2020),Hatzimanouil et al.(2022)で得られた知見と検討した。その結果,(1)攻撃では,55.9%以上の攻撃成功率 を達成すると 89.5%の確率で勝利でき,それを達成するにはテクニカルファール数を低下 させるよりも,アシストパス数,すなわちグループ戦術をより多く用いて 61.0%以上のシ ュート成功率を達成すること.(2)エリア別のシュートでは,51.9%以上のウイングシュ ート成功率を達成すること.(3)防御では,32.1%以上のシュートセーブ率,13.5 回以上 のシュートセーブ数,42.5 回以下の被シュート数を達成することが拮抗した試合で勝利す る目標値として示せることが明らかになった.

 

研究資料

オランダ男子ハンドボールの強化プロジェクト

山田 永子

本研究資料では,2006年に始まったオランダ男子強化プロジェクトを明らかにすることを目的とした.目的を達成するために,オランダ男子強化プロジェクトに大きく携わったニィーボー氏にインタビューし,その内容をまとめた.結果として,オランダの男子強化プロジェクトは,(1)BENE-League Handballとリーグに参戦しているクラブに対するライセンス制度,(2)トップスポーツ・プラットフォーム,(3)男子版ハンドボールアカデミーの開始の3つの柱があり,まず,クラブ主導で国際リーグが創設されて国際競技力が向上したこと.そして,トップスポーツ・プラットフォームによって各クラブの長期計画が統括されていること.最後に,男子版ハンドボールアカデミーによって若手選手の個人能力を向上させていることであった.

 

研究資料

ハンドボール競技における試合分析アプリの提案

内木 正紘, 増田 健志, 澤野 弘明

人の行動を言語化したタグを用いて,時刻や位置に動作を紐付けるタギングは,客観的なスポーツ分析において不可欠といえる.ハンドボール競技において,チームの分析を行うアナリストは,タギングソフトを用いてシュート情報や確認したい部分の映像のタグづけを行う.既存のタギングソフトにおいて,映像表示,シューターの移動軌跡,軌跡からの検索の機能がすべて備わっているソフトウェアは筆者らが調査した結果では確認されていない.そこで,本研究ではシュート入力画面で1画面に試合映像とシュート情報入力項目を提示してシューターの移動軌跡やシュートコースなどの情報を記録し,分析結果表示画面でシューターの移動軌跡の提示や移動軌跡からのシュートイベント検索機能を用い,分析を行うことができるソフトウェアを提案する.提案ソフトウェアでは,シュート情報入力画面にてシューターの移動軌跡をはじめとするシュート情報を入力し,入力されたシュート情報を基に分析結果表示画面にてエリア別,シュートコース別のシュート成功率やシューターの移動軌跡,統計情報を提示する.提案ソフトウェアの評価には,客観的なユーザビリティ評価を行うことが可能であるSUS(System Usability Scale)を用いた.SUSを用いて提案ソフトウェアのユーザビリティ評価を行った結果,スコアは72.9点となり,高いユーザビリティを有していることが示された.また,SUSのアンケートと同時に提示した,提案ソフトウェアを利用したい場面や改善点についての質問では,ミーティングで作戦を練る際に利用したいという意見や試合中に入力できるようにしてほしいなどの意見が得られた.そのため,今後の課題としては試合中に対応できるUIの実装などが挙げられる.

 

研究資料

ハンドボールにおけるゴールレフェリーの視覚探索方略

高島 諄, 石橋 千征

ハンドボールのゴールレフェリーは,選手と同様,瞬時にゲームやプレー状況を判断することが求められる.その際、正確な判定を行うために,目前のプレー環境から得られる情報を獲得するための知覚スキルを所持していることが求められる.その知覚スキルの中でも,「視野に存在する情報を選択し,対象を正確に捉える過程」(兄井,2008)である視覚探索が正確なレフェリングには必要である.そこで本研究の目的は,ハンドボールのトップゴールレフェリーが判定を行う際の視覚探索方略を明らかにすることである.対象者として,熟練度の異なる国内最上位の国際審判の資格を所持しているA級審判員とD級審判員を採用した.対象者には,ゴーグルタイプの非接触型眼球運動測定装置(nac Image Technology社製,EMR-9)を装着してもらい,実際のゲームで頻出するプレー状況を再現した2対2(Left WingとLeft Back)のプレーを8回判定してもらった.対象者の視覚探索方略を評価するために,顔の向きやコート上の立ち位置を含有した視野カメラの眼球運動の映像から,注視活動に関わる指標を算出した.その結果,プレー全体では,A級審判員がD級審判員より注視回数や注視対象数が多く,注視時間が長いことが明らかとなった.またA級審判員は,判定に必要な情報が含まれる視対象との間の空間に多く視線を配置していた.この方略は,視対象を同時に捉えるために周辺視を活用していたことが考えられる.一方,D級審判員は,視対象との間の空間への視線配置はあまりみられず,終始ボールを追う視覚探索であった.さらに,A級審判員は,判定に重要な状況では,注視回数が少なく,注視時間を長く変化させていた.つまりA級審判員は,判定に重要な状況では視覚探索方略を変化させる高度な知覚スキルを所持しており,この知覚スキルが正確な判定を支えている可能性がある.

 

その他 問題提起

レフェリーの客観的評価を目指して:判定目標値の設定に関する考察

清水 宣雄

本研究の目的は,レフェリーの客観的評価基準の確立である.今回は,判定目標値の設定に関する考察を行った.我が国におけるハンドボールの普及促進のためには,レフェリーのレベルアップが急務である.しかし,現行の評価・指導は主観的評価が中心であり,本人が,どの様な努力をするべきか,判定目標値が不明である.筆者は先行研究において,競技規則の問題点を明らかにし,InfringementとFoulを区別することで,罰則の基準を明確にし,プレイを可能な限り継続させる試合運営を提案した.さらに,判定の実態を調査し,レフェリーの判定数がポアソン分布となることを示して,評価基準作成の可能性を示した.判定数と主観的評価との関連性を求め,Infringement数が少ないほど,主観的評価が高く,Foul率は高い程,主観的評価が高いことを踏まえ,身体接触に対する判定の目標値を提案した.今回の研究では,判定数の平均値から算出されるポアソン分布が,平均値の変化によって,どの様に変化するのか,5%水準の有意さから求める判定目標値が,どの様な数値となるかを考察した.大会・個人等毎に,平均値を推定することで,判定目標値を設定することができれば,レフェリー全体のレベルアップに貢献できるものと考える.Infringement判定数の推定平均値を1-50回・Foul判定数の推定平均値を1-30回と設定して,シミュレーション分析を行った.分析は表計算アプリNumbersのpoisson関数を用いてポアソン分布を算出し,累積ポアソン分布で発生確率5%以下を有意差ありとして,判定目標値とした.